2010-01-31

思考の果てに見えるもの

村上龍氏が司会を務めている番組『カンブリア宮殿』を、日経チャンネルでも



放送されていたので、見そびれたある中小企業の回を観た。



キーワードは『世界一』



『世界一しか目指さない。』



会社の名前は「マニー」



数ある医療機器の中でも「手術針」に特化し、国内シェアは9割。



世界120カ国の医者たちから圧倒的な支持を得ている。



さらに、特筆すべきは、売上高に占める営業利益率が、



デフレの勝ち組といわれるユニクロやニトリ、楽天でさえ10%台の中で、



マニーは約40%という。



世界一の商品を世界のすみずみへというコンセプトの基、社員たちは



『世界一』をめざすのだが、その徹底ぶりがすごい。



商品分析を自らが行い、自分たちが日々とりくんでいる商品がどれほど



他社と比べて『世界一』であるかを証明するのだ。



会議名は『世界一か否か会議』



これを年に2回、社内で行い、徹底的に、社員は『世界一』を意識する。



「(答はそこここにあるのだが、)粘れば、ひらめく。」



~ マニー会長 松谷 貫司(まつたに かんじ)氏のことば。



そう。答は常にあるのだが、漠然とした思考をしていては、その答の存在に



気がつかないものだ。



これは、願望祈願の際に書いていただいている、祈願書と同じだ。



自分のことは自分が一番わかっていない。自分が自分自身を知らない。



と、感じることは多い。魂読みをしていて、そう告げても、自分が



自分を認識できていないひとほど、その思考法がわからず、



まずこのことから理解できるように、改めて話していかなければ



ならないことがある。



だから、「神さまに聞いてください。」などと簡単に言い、神さまからの



ことばを伝えると、本質を無視しているので、自分の気分次第でころころ変わり、



結果、聞いてもそれは選ばないものだ。



簡単なことなのだが、自分自身に問うことを常にしていなければ、



この思考はできないだろう。



はからずも、同じ日の夜。他の番組で、日本人は、言語力に乏しいので、



今、その教育への取り組みが紹介されていたが、物事を筋立てて



考える機会を自分にあたえていないと、この能力は根付かない



ように思える。



マニーが行っている会議は、まさにこの能力開発とつながっており、



さらに発展的なものとなっているのだ。



この他の番組に出演していたゲストも、自身の体験から培ってきたものだが、



自問自答をすることによって、今の仕事につなげているようだが、



自分のこころの在ることをわからなければ、表現できないだろう。



表現方法は、二次的なものだと思う。



まずは、自分の思考をちゃんとつかまえなければならない。



その訓練ができて、相手の考えを受け取る(言語化)ことができるのだ。



会議でのまとめに苦慮していた社員が出てきたが、メールでの省略化



した文章に慣れ過ぎていて、自分を客観視したり、俯瞰した思考を



持つことがなかったために、他者の意見の流れが理解できず、取りとめが



できなくなっていたように思える。この場合は簡単なセオリーどうりに



起承転結にするものだと思うのだが、どうだろうか。



自分と向き合う。



自分自身を知る。



自分の感じるこころを知る。



自分がどうあれば幸せなのかを問う。考える。



ところで、面白いことなのだが、この思考を続けていると、やがて、



言語化できない世界が広がってくる。



思考の果てにたどりついて観えてくるのは、観念の地平線なのだ。



それを悟りと呼ぶひとがいる。



おだやかな世界がそこにはあるのだ。



すべてとつながりあうことで、そこには言語と言う、不自由で不具合の多い



手法はいらなくなる。



それも、粘り強く考えた末の神さまからの賜物なのだ。



2010-01-15

極彩色の狂喜乱舞 映画「のだめカンタービレ」本編

人生には何も無駄なことはない。



そう、私が思えたのはたぶん、40の声を聞く前ぐらいだったかー。



なのに、20代前半の千秋くんが、のだめに語りかけます。



私がこのドラマで一番感じ入るのは、彼らにはやりたいことがあり、



そのことに全身全霊をかけ、ささげていく姿です。



才能や能力はもちろんだけれど、有るにこしたことはないけれど、



そのことだけに、どれだけの時間を費やしているのか。



「そのことに没頭しなさいとイッテイマス。」byミルヒー(シュトレーゼマン(笑))



演劇をしていた頃、ほぼ毎日6時間とかやっていましたが、プロの声楽家に



なった人は8時間は練習すると言っていましたから、あたまが下がります。



作品と出会い、作り上げては、次の作品と出会う、



そして、ゴールのない旅をして行くのです。



ひとつひとつを、積み上げながら、自分の中に確かな何かが、



できあがっていくことでしょう。



出会い、求め 、離れ、そしてひとつになる。



自分自身もそうです。



求め続け、走り続け、そうしてたどり着くのは別れ。



けれども、その時、ほんとうのこの宇宙の真実は観えている。



宇宙とひとつである自分に気がつくのです。



エンディングの『悲愴』はセルリアンブルー色した静寂へと



導いてくれることでしょう。      



あうら



追記



映画では極彩色のシーンが実際、アリマス。(笑)



それは、原作に出てくる『変態の森』(笑)とその住民(笑)が見事に



のだめと踊ります。それこそ、狂喜乱舞。(笑)



上野樹里ちゃんったらカワイイ。



いやあ、観てないけれど、『笑うミカエル』の主演女優だけあるわ。



そして、スタッフぅ~♪ここまで、やりましたか、と思っちゃいました。



楽しみにしていた、玉木ー千秋せんぱいの情感たっぷりな指揮姿もステキ



でしたし、チャイコフスキー序曲1812 予告編で流れていた終盤の行進曲



がこれまた、音がカラフルです。なだぎーテオが、大砲を鳴らす(楽譜にあって



演奏の一部なの?)のにはこれまた、笑いました。



あぁ。後編が待ち遠しい。



ついに、のだめがシュトレーゼマンと共演あんど世界デビューだわっ。



いよいよ出番の巨匠、竹中直人さんの名演が楽しみです。

2010-01-15

極彩色の狂喜乱舞ー『映画のだめカンタービレ』演奏曲より

といっても、この記事は、のだめ映画の感想ではありません。



映画の感想の前に、私が初めて、音には色が在ると感じさせた



曲が、映画の中で千秋真一くんが指揮する



チャイコフスキーの交響曲第6番 悲愴



これについてです。



初めて聞いたのは、今は亡きM・ベジャールが率いる『20世紀バレエ団』



の演目「ニジンスキー 神の道化」の中で使われていて聞いた曲で



その色の洪水を体感。



そして、それよりさかのぼること数年。



中学生の頃読んでいた漫画雑誌「りぼん」に掲載されていたバレエ漫画



『アラベスク』でバレエ団を紹介していた記事に載せられていた



それまで自分が持っていたバレエのイメージとはかけ離れた



白いレオタードに半裸の道化師のメイクをして悲しげなダンサーの姿が



ありました。



かつて、熱狂的に迎えられた、これも今は亡き、ジョルグ・ドンの若き姿



だったのです。



ドンは、のだめ映画の中で演奏されるボロ(笑)「ボレロ」で、日本でも



ファンが多かったと思います。



「ボレロ」は、もともとは、バレエダンサーイダ・ルビンシュタインの依頼で



ラヴェルが書いたもので、女性が中心で踊られる構成は、



現在、ドン以降踊っている、シルビィ・ギエム版の方がイメージは



近いようです。



さて、チャイコフスキーの『悲愴』というタイトルですが、これは副主題



なのだそうです。



それも、諸説あり、言語の意味からも、意見が分かれるようです。



静けさと、狂騒の入り乱れた楽奏は、原色が入り乱れ、バレエのダンスシーンが



白黒映像が流れても、ときどき、めまぐるしく色のイメージが



入り乱れ、くらくらしました。



『ニジンスキー 神の道化』は全幕観たわけではなく、映像で残されていた



ものだったので、編集されて映像が重ねられ、さらにイメージが増幅され



迫ってくるように感じました。



神の道化はバレエダンサーであったニジンスキーの生涯を彼の作品で



つなぎながら人生をあらわしていて、これは、チャイコフスキーの悲愴の



主題である、「人生」に通じます。



のだめ映画では、この「悲愴」が前編のエンディングへつながっていきます。



人生には喜び悲しみがつづられるけれど、本当は喜びに満ち満ちたもので



あり、やがて、誰にも静寂は訪れるものだと、思います。







     



     



あうら



2010-01-04

謹賀新年

2010_0104_130526cimg0001 あけましておめでとうございます。




こちらも、ぼつぼつ、更新します。




ぼつぼつ、おつきあいください。(笑) 




               天卜占


                臣
プロフィール

天ト占と臣

Author:天ト占と臣
師匠こと物忌み(巫女)の天ト占(あうら)と弟子で審神者(さにわ)の臣(をみ)です。
神さまからのご紹介や本館ブログを読んで来られた全国の皆さまのさまざまなご相談にのったり、ご依頼からお祓い等の神事をしておりますが、ここではそれをしていない時の天卜占と臣の普通の日常。主に好きな食べ物や本にドラマや映画についてを綴っていますが、やはり神さまからのお話になっているようです(~_~;)

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