2012-05-28

やぁまのはたけぇの~♪

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『あかとんぼ』の歌詞の2番に出てくる桑の実です。



臣さん、曰く。まっくろに熟した方がおいしいそうです。



写真の実。中央の下の方に黒っぽいのが写っているでしょ。



これがもっと黒くなるんだとか。



去年、竹田だったか、道の駅で、桑の実のジャムがあったので購入していました。



つぶつぶの具合が、以前作ったやまもものジャムみたいでした。←無謀。(笑)



桑の実って、歌に出ている風景は養蚕のための桑の葉畑のことなのかしら~♪



などと、つらつら考えていましたが、(草のイメージ。)



初めて臣さんから教えてもらった桑は、巨大っ。(笑)見上げるほど。



桑の樹だよ、。(笑)



生い茂りまくっていました。



写真の桑の木は用水路の側で、小さな橋の下から、顔を出している。



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環境により限定されたイメージなんですなぁ~。



畑と言えば、植わっているものは、草のイメージでした。



でも、言われてみれば、山の畑のみかんは『樹』。(笑)



人間は知ったつもりで、物事を発想する。けれども、知っているつもりの発想には



限界があって、その外にも世界は広がっている。



発想が豊富なひとは、あれもこれもと、いろんな角度から発想ができる。



柔らかで、しなやかなイメージの世界。



限界をもし、感じたら



「自分にはまだ、知らない世界がたくさんある。」



と謙虚に思う。



この謙虚な姿勢が、広がる世界を体感させてくれる。



だれかが、いつも、教えてくれるのです。



追記



『赤とんぼ』



夕焼け小焼けの 赤とんぼ



負われて 見たのは いつの日か



山の畑の 桑の実を



小籠に 摘んだは まぼろしか



十五でねえやは 嫁に行き



お里の 便りも 絶え果てた



夕焼け小焼けの 赤とんぼ



とまっているよ 竿の先      三木露風 作詞  山田耕作 作曲

2012-05-25

つながりを思い~父の御和幣

本館ブログにありますが、家族で持つ御和幣。



我が家でも。。。



と言うか、



作り始めた頃は、今思うと、いやいや、誰かに話すと、



「よく、生きてたね・・・。」とアキレラレル・・・。



父が倒れて入院し、心臓のバイパス手術をすることになり、



前年に難病を発症してあげくに圧迫骨折した母の介護と、父の入院時の世話及び、



父のやりかけの案件をご依頼者さまに事情を説明して、別の方に引き継ぎをして、



(書類等々の作成は終了しており、手続きにお役所を回るだけのもの。)



県外のご依頼者さまが、依頼していたお仕事の上がり具合の確認と父の見舞いを兼ねて



訪ねて来られるのにご案内したり・・・。ただね。この時点で、父は意志疎通が難しく



なっていたのですよ。それを見て、お見舞いに来られたご依頼者さまも、ここまで仕上げた



父に最後までやってとは言えない(できない。)ことを察して下さって、引き継ぎに快く



承諾してくださいましたよ。これには、オマケがついてて、引き継ぎをお願いした事務所の



先生は、自分がした仕事だから、報酬は全部私にください、とご依頼者さまに直接、



言ってきたとかで、ご依頼者さまもいやいや、それは、おかしいだろう。残りのまだ、



手つかずの案件はそちらにお願いするが、書類作成は、すべて父が済ませていたのだから、



提出分として、分けて、支払いします、と、お断りしてくれた。



もうひとつの仕事分は、資料はすべて揃っているけれど、書類を完全に仕上げて



いないから、そのまま、料金はお取りください、って、



話して、了解してもらっていたと思ったのだけれどね。



それも、続きがある案件は、父が別な方に習ってやっとできたもので、それまでは、どこの



方もわからないってことで、まわりまわって、父に依頼が来たものだから、あとは、



その詳しい方に聞くしかないです、とだけ説明しておいた。



そんな、頭を使ってやる仕事が大好きな父と入院中に話しをしていると、



話がつながっている時とつながっていない時があって、なかなか切なかった。



後で知ったのだが、この入院先で使われていた薬の効能の関係があったらしい。



転院先で、治療方法(投薬内容)を変えてくださったら、しばらくして、意志疎通が



一時はまともになっていたりもしたのだ。



そんな、こんなの手術後のある日。体調のよい母を院内の車椅子に載せて、面会



させた。この時、私も母もそれぞれの御和幣をつけていたのだが、あいかわらず、



とんちんかんなことを言っていた父が突然、「それいいのお。」と、母の御和幣を指さした。



「俺のはねんか。(無いのか)」と言われて、「あるよ。今度ね。」「おぉ。そりゃ楽しみやのぉ。」



と、喜んでくれた。母とお揃いか、それとも。。。



結局、その後追い立てられるように病院を退院して、二転三転したが、運よく入院



できる病院が紹介してもらえて、今に至っている。



父の御和幣は状態が状態なので、届けられなかったが、仏壇に置いて、母が父の



好きなものを添えたりしている。置いてすぐの時、父の好きな銘柄のたばこをあげていた。



不思議なことにそれを置いている間は、なんちゃなかったのだが、何かの折にたばこを



片付けた途端、面会のたびに父は、兄やおじに、だばこをくれ、持ってねんか、と聞いていた。



時間や空間を越えて、父と我が家がつながっていることを感じた、そんないい経験となった。





2012-05-21

お金のお話ー私たちがボランティアをやめた理由

先日、随分昔のお客さまとばったり出会った。



その頃は、ボランティア。無償でタロット占いをしていたのだが、



カードを使わなくてもリーディングができるようになってもいた。



だから、ふつうに話をしていても、ぽんぽん視えていることを口走っていた。(笑)



その頃のお客さまなのだが、数年前に一度連絡をいただいて、「相談料はいくら?」



と聞くので、一応の金額を伝えたら、今、大変なので、そんなに払えないのだと言う。



以前だったら、無償でもしたのだが、今はいろいろなことを学んで、それもひとそれぞれ。



と、悟った。あえて、こちらから言うことでもないのだな。



結局、事態はさらに悪くなっていて、相談したくてもお金がないのだとばかり言っていた。



聞いていて、そんなに、悪い事態にはなっていない、むしろラッキーなことばかりだと



思ったのだが・・・。



根本的には信じる力が弱く、流されやすい性格で、結局、自分だけががんばっている



として、ひかない だからこそ、トラブルも多い・・・。



このような仮想現実主義のひとは、はなっから、占いとか目に見えない世界を信じない



だから、「好き」とか、「愛している」といわれても、信じないものだ



これも目には見えないからだ



目に見えるものーお金なら信じられる



現に、結婚相手には社長さんだからという理由だけで、お付き合いをしていた



本人のバックボーンには興味がなかったのだ



実際には、社長でも何でもなかったのだが、そのことを伝えても、一切、耳を貸さなかった



社長だと思い込んでいたのだ



同じように、結婚するなら社長がいいと言っていたお客さんがいた。



彼女は何度か相談に来て、代金はおいくらですか?と聞き、支払っていた。そして、



何人かの候補者を相手には内緒で私に会わせては、



「どうですか?」と、あとで聞きに来ていた。



その中から、この人、いいんじゃない?と言った人と結婚した。もちろん、本人同士も



相手のご家族も気に入ってのことだ。



今、思えば選ばなかった人たちの会社自体は倒産だかなんだかで、もう無かったりする。(~_~;)



どんなに大変でも、お金はまわっている。



大切にまわしていることが大事なのかなあ~



と、つらつら思う。



自然は豊かなのだから、豊かだと思って執着を手放す。



これは、不安を手放すことと同じ。



代価を支払った人ほど、不安を手放し、幸せにどんどんなっている。



直会と称したお茶会でも、ぽんぽん降りてきた方が(~_~;)参加されて話されること



がある。多々。(笑)



それを参考にしてうまくいきましたと、あとから、神さまへお供えを持って挨拶にこられる方もいる。



代価は、「ちゃんと受け取りましたよ。」の意志表示なのだ。



そして、変化を受け入れて進むという、決心の現れでもある。



だから、ちゃんと、代価を受け取りなさい。と、神さまからおっしゃられたことをしみじみと思う。



私たちも、同じなのだ。代価を払い、また、受け取る。



そうやって、互いを豊かにしている



つながりあっているからこそ、豊かなのだ



ひととのつながりを断てば、行き場を無くしたそのつながりは、貧しさにつながる



誰かとのつながりほど有難いと感じるものはない 有るが難しいーだから、有難い



そう、教えあうこともできる お金は悪ではない 善悪の二つに分ける手段にしても



いけない この世界は善悪でできているわけではないのだよ



この世界はひとつのものでできている そのことを感じてほしい



 



 



 



途中、上から参加されていますが(笑)、いつも、こんな感じで、相談を受けたり、直会や



ってます。(笑)



追記



カラダはってるような案件が多いので、(-_-;)



お代以上にお仕事をされていますよ。と、よくお客さまからはイワレマス。(^^ゞ



そう言っていただけるだけで、また、がんばろうと思えます。



お互いさまなんですね。



しっかし、神さまってば、相変わらず、厳しいことをおっしゃるなあ~



追記2



「で、結局はボランティア。続いてるよねえ~。



この前、報告の連絡の後、さらに○○が○○となって、助かったのよ~。」



と、この記事を読んだ方から、ワラワレマシタ。O(⌒Δ⌒;)てへっ



「だからと言って、無理しちゃあ、だめよ。」



のあたたかいお言葉もいただきました。



ありがとうございます。

2012-05-13

それぞれの豊かさの中で

豊かさとは、あらゆる制約を解き放って、すべてに妥協せず、こだわりをもって



やれるということ



                                                       鳥羽院役 三上博史



 



好きな役者さんのひとりです。



現在放送中の『平清盛』で、屈折した役(笑)を演じてましたが、



オールアップ後のインタビューがホームページに掲載されていました。



そのなかの言葉です。



三上くんは、寺山修二さんの天井桟敷でメソッドを受け、最近は、蜷川さんのお芝居にも



出てましたね。



頭がというか顔というか、ちっさい方らしいので、テレビ向きかと思いきや、舞台も



やられる。ご自身でプロデュースして、演じてましたしね。



まあ、小劇場クラスでしたら、ある意味、ゴージャスなのかも。(笑)



もと、相棒の寺脇さんのお芝居も、小劇場っぽいから、『風と共に去りぬ』の船長役



には、線が細いやろ・・・。と思っていましたら、やはり、スケール感が足りなかった。



いかん、演劇の話に行きそうだ。。。



話を戻して・・・



インタビューの中で、やはりすてきな役者さんだなぁ~と再認識したのですが、



一番こころに感じたのが冒頭の一文。



豊かさは自分が定義しなければ、自分の世界に存在しません。



その豊かさとは、あれもこれもがあることではないと、つねづね、本館でも話して



いますが、その感覚として、わかりやすいことばだなぁ~と感じ入った訳です。



本日の放映分で、三上君の出番が終わり。



これから、ドラマは二つの戦乱へと向かい、清盛君が歴史の表舞台へとわけいります。

2012-05-11

花なん♪はななん♪はぁなあな~♪♪♪


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これ、なんだかご存知ですか?



花なのですよ。なんの花でしょう?



少し、離れて見ましょう。



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o(^◇^;)しつっこいかもしれませんが、(笑)



バナナの花です。



正確には、花芽の部分になるのかな?



巨大な茗荷みたいな部分は『苞』と呼ばれるところで、この中に花があるらしい。。。



食用になるものもあるそうですよ。



ついでに、厳密に言えば、バナナはこんなに巨大でも、『木』ではなく、『草』なのですが、



バナナの草がね、っていうのもねえ。p(´⌒`q)



寒い間は、見る影もなく、枯れていたのですが、春が来てこんなに、元気、元気。



ぐんぐん、葉を出してきました。温かいから、暑いゾなんて日もありましたからねえ。



柞原さまの境内のバナナの木をよくここでは、紹介していますが、柞原さんのは、



木の傍までは、ちと、とーい。(笑)



大分市内の道路わき(とーぜん、民家の庭先だったりします。)で、見かけるのですが、



どこも、撮影となるとねえ・・・。もしくは、撮影できるけれど、巨大化していて、むりっぽ



かったりします。。。(会ったことがある方たちはご存知のよーに、アタクシ、こんまいもので。。。(笑))



頭の中でのバナナの木所在地図は市内では、10か所くらいでしょーか・・・。



今回、車の通りが少なかったので、道路わきに車を停めました。



ちなみにここも、神社の境内です。(笑)



ちーさな、ちーさな、地区の神社。新しい道路で土地が削られたのでは?



と、思うような佇まいの神社です。



よく見ると、切り株に植えられているのです。



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そこそこにデカイ切り株です。(笑)



本殿の前側になりますので、ご神木があったのかもしれませんが、



今は、何故かバナナの木が植えられています。(笑)



ちっさな拝殿は閉ざされていましたので、お祭りの時だけに、開かれるのかもしれません。



最近は、心ない人たちが、神社や仏閣でお賽銭箱やお祭りしているものを持って



帰ったりしていますからねえ。



道が良くなって、そこに住む人たちにとって、便利がよくなったと喜ぶ半面、



戸締りをしなくても、安心・安全な地区で良かったところが、今では、鍵をかけなけ



ればならなくなった



なんて、聞くとねえ・・・。



昔はよかったなんて、年よりみたいなことは思いませんが、よいこころが少しでも、



満ちれば・・・、と思うのです。



実になるのはちょうど冬時期。なので、路地での結実はとーぜん無理です。(笑)



お客さまの話では、市内でビニールハウス内で栽培しているところがあるそうで、



そこから、完熟(木熟れ)をもらって食べたことがある、と。



それは、それは、おいしかったそーです。いいなあ~。

プロフィール

天ト占と臣

Author:天ト占と臣
師匠こと物忌み(巫女)の天ト占(あうら)と弟子で審神者(さにわ)の臣(をみ)です。
神さまからのご紹介や本館ブログを読んで来られた全国の皆さまのさまざまなご相談にのったり、ご依頼からお祓い等の神事をしておりますが、ここではそれをしていない時の天卜占と臣の普通の日常。主に好きな食べ物や本にドラマや映画についてを綴っていますが、やはり神さまからのお話になっているようです(~_~;)

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