2016-05-27

和して唱えず 哀駘陀(荘子)と金ちゃんパパ(おじゃる丸)

 『おじゃる丸』(笑)でのお話。
坂田マンションの屋上に住む金ちゃんのパパは大金持ち。
そんなパパの仕事場で、社員たちは社長の金ちゃんパパに
「こんな仕事が来ました。」と報告するとパパは、
「うん。いいんじゃない。」
「はい。まとめてきまーす。」
てな具合で、社内は活気に満ちています。
なんでもみんながしてくれるのですることがない金ちゃんパパは喫茶一服へ。
そこに集まったメンバーが、月光町やる気のムーブメントを起こそうと言うと、パパは
「うん。いいんじゃない。」
「ではパパさん会長になってください。」
「うん。いいんじゃない。」
メンバーはパパさんを連れて町へ繰り出します。
誰もが自分の話をパパさんに話かけます。どの言葉に対しても、
「うん。いいんじゃない。」
それで誰もがやる気を出して町は活気づきます。
やる気のないおじゃる丸は耐えられず、やる気を吸い取る貧乏神の貧ちゃんに
なんとかしてくれと言いに行きます。
すると、以前金ちゃんパパに敗れた貧ちゃん、闘志を燃やしてパパさんにタッチ。
普通だと、これでやる気を吸い取るのですが、吸い取れない。
なぜなら、パパさんはやる気がわからない。やる気自体がパパさんにはないのです。
結局、また敗れた~と思う貧ちゃんなのでした。ちゃんちゃん。
   
これを観ていて、荘子に出てくる哀駘陀の話だ~と思いました。
無為自然な在り方を説く話に出てくる哀駘陀は見た目は醜く、地位や権力があるわけでも、
財力があるわけでもましてや知識があるわけでもないが、会えば誰もが魅了される。
それは彼が自分の考えを主張するのではなく、ただ、相手の話に同調するだけ。
これが『和して唱えず』の在り方。
荘子は、人の考えや言葉はあてにならない。突き詰めていえばどっちでもよいのです。
そうして、『徳のある人は愚かに見える』と説きます。
「聖人は愚鈍ですべてを忘れる。悠久の流れにに身を任せ、それでいて、一途に純粋な道を守り通す。
万物あるがままをよしとし、温かい是認の心はこれを包む。」
肯定し、歓迎する。まさに金ちゃんパパの「うん。いいんじゃない。」です。
哀駘陀も金ちゃんパパも議論はせず、だからこそ、男性にも女性にも老いも若きからも人気がある。
それは彼らが温かく包み込む、いわゆる包容力を持っているからなのです。
それ以上に彼らは自己を肯定し、自己を受け入れ、すべてを天命として自分の意見などはこれっぼっちも
はさむ必要ないとわかっていてそれを無意識で行っているところに、本当に徳である「主張しない徳」
にあるのです。
    
うーむ。(;一_一)いつか書きたいと思っていた、荘子の哀駘陀の話をおじゃるからひも解くことになろうとは・・・。




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天ト占と臣

Author:天ト占と臣
師匠こと物忌み(巫女)の天ト占(あうら)と弟子で審神者(さにわ)の臣(をみ)です。
神さまからのご紹介や本館ブログを読んで来られた全国の皆さまのさまざまなご相談にのったり、ご依頼からお祓い等の神事をしておりますが、ここではそれをしていない時の天卜占と臣の普通の日常。主に好きな食べ物や本にドラマや映画についてを綴っていますが、やはり神さまからのお話になっているようです(~_~;)

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